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むかし、長崎の麹屋町に飴屋がありました。ある夏の夜、白い着物の青ざめた女が店先に立っていました。「何のご用ですか」と声をかけたら、「飴を一文ほどください。」と言うので、飴を渡してやると、にっこり笑って去っていきました。女はそれから毎晩、一文分の飴を買って帰りました。飴屋は、その不思議な女を見るたび、背筋がゾッとしました。7日目の夜には、「今日はお金がありませんので、飴を恵んでくれませんか。」と言われたので、飴を渡してやると女は嬉しそうに去っていきました。飴屋は女の正体を見届けようと、後を追いました。女は寺町の石畳を抜けて、伊良林の光源寺に入ると、墓の前でスッと消え入りました。途端に、赤ん坊の声が「オギャァ」と響き渡りましたので、「うわぁ」と飴屋は腰を抜かして逃げ帰りました。さて、翌朝、光源寺の和尚に事情を話して、女の消えた墓の前まで行きました。その墓には、次のようないわれがありました。その頃、長崎には若い彫刻師 藤原 清永という者がいました。修行のため京都へ赴きましたが、彫刻の腕を磨いているうちに宿の娘と恋仲となりました。しかし、あるとき清永が帰郷すると、親族の決めた嫁を迎える用意が整っていたのです。そんな事とは露知らず、京都の娘は、清永を頼って、遠路はるばる長崎まで来ましたが、この始末です。長旅の疲れもあってか、女は病に伏せると、あっという間に死んでしまいました。清永は大層悲しみ、光源寺で葬式を済ませて、この墓に埋葬したばかりでした。さて、墓を掘り起こすと、なんと生まれたばかりの男の赤ん坊が出てきました。よく見れば、赤ん坊は飴を一生懸命しゃぶっていました。「女は幽霊になっても我が子を心配し、棺の中の六文銭で買った飴で赤ん坊を育てていたのだなあ。」と二人はいたく感心し、じきにやってきた清永が赤ん坊を育てることとなりました。ある夜、飴屋の枕元に女の幽霊が立ちました。「お陰様で、我が子も助かりました。恩返しをしたいのですが、なにかお困りごとはないでしょうか。」と言うので、「この辺りは、毎年夏に水に困っています。」と言いました。女は静かに頷き、「まちに女櫛が落ちていたら、そこを掘ってみてください。」と言って、消えました。翌日、まちを歩いていると、朱色の美しい女櫛が落ちていたので掘ってみると、冷たく澄んだ水が湧き出しました。これが、麹屋町に残る幽霊井戸と言われています。光源寺には、この民話にまつわる寺宝「産女の幽霊像」が奉納されており、年に一度、夏にご開帳されます。
参考 / 吉松祐一『[新版]日本の民話48 長崎の民話』未來社
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