【長崎駅エリア】民話「本蓮寺の南蛮幽霊井戸」

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むかし、長崎は日本一のキリシタンのまちで、まちのあちこちに教会が立ち並び、朝夕、平和なアンゼラスの鐘が鳴り響いていました。ところが、時の関白 豊臣秀吉によって、キリスト教を信仰してはいけないという禁教令が出されてからは、長崎は悲惨な殉教のまちへと変わったのです。長崎のキリスト教会は、役人の手によって次々と取り壊されましたが、サン・ジョアン・バウチスタ教会もその一つでした。教会が取り壊されるとき、信者は庭の真ん中にあった井戸に、大切なマリア像や十字架、金や銀の入った箱などを投げ入れたと言います。その後、教会の跡地に建てられたのが、現在の日蓮宗 本蓮寺です。教会時代の井戸が庭に残っていましたが、井戸の傍の部屋では不思議なことが起こるようになりました。この部屋で寝ると、人々のざわめき声や泣き叫ぶ声が聞こえ、朝には頭と足の位置が逆になっているほど寝苦しく、「寝返りの間」、「枕返しの間」と呼ばれて、たいそう噂となりました。あるとき、日親というお坊さんがこの噂を聞きつけ、勇敢にもこの部屋に泊まることとなりました。部屋の入口には杉戸があって、一人の老人の絵が描いてありました。この絵は、日本初の西洋画家 山田右衛門作の描いたもので、「南蛮杉戸」と呼ばれていました。真夜中、ふと人の気配で目を覚ますと、杉戸に描かれている老人が抜け出して、目を異様に光らせながら、こちらに歩いてくるのです。日親はとっさに懐の短刀を振り回し、老人の目をくり抜きました。老人は霧のようにかき消えましたが、それ以来、日親は毎晩うなされ続け、ついに死んでしまいました。この「南蛮杉戸」は寺の名物となりましたが、後の原爆によって失われています。井戸は今も庭に残っていて、上に蓋がかぶせてあります。本蓮寺のご住職は、毎朝この井戸に向かって、お題目を唱えられているそうです。

参考 / 吉松祐一『[新版]日本の民話48 長崎の民話』未來社、河野伸枝『長崎の昔ばなし第二集』竹下隆文堂

*“南蛮杉戸”の作者にまつわる
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