【新大工エリア】水神神社

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長崎五社の一つで、寛永年間(1624~1645)に出来大工町に創建された水神神社。1739年、水源の涵養と河童の災害を静める趣旨で、長崎水道の起源である倉田水樋水源地近くの八幡町に移転し、1920年、市街地拡大とともに日本最初期の近代水道である本河内の水源地付近を新たな神域と定めて、現在の本河内一丁目に移転しました。水神神社には、河童石と呼ばれる霊石があり、神主が河童と交流する愉快な民話が伝えられています。江戸時代、日照りが続くと水神神社で雨乞いが行われていましたが、この河童石の苔の色や付き方で降雨を占っていたと言われています。

河童石の特別イラスト

民話「河童石」 ※お持ちのイヤホンをご利用ください。

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長崎の本河内水源すぐそばの水神神社には、河童石という大きな石があります。むかしから、水神神社では、河童のいたずらを鎮めるために、河童たちを集めて、ごちそうする珍しい行事がありました。いつも拝殿をぴしゃりとしめきるので、主人である神主をのぞいて、中の様子を決して見ることはできません。それでも、河童たちのガヤガヤ騒ぐ奇妙な声や、食器をカチャカチャ鳴らす音だけは聞こえてきました。ごちそうの中には、必ずたけのこの輪切りがありました。河童たちの皿には固い老いたけのこを山盛りに、神主の皿には柔らかい若たけのこを上品に盛り付けます。河童たちはたけのこをなかなか噛み切ることができませんが、神主は平気でたけのこを食べますので、河童たちは「うわあ、人間は歯が強いんだなあ。」と感心したそうです。そもそも、この神主は敏達天皇の孫で、日本中の水の中の動物たちをまとめる栗隈王の子孫と言われていましたので、河童たちはこの神主を大層敬い、慕っていました。いつも水神神社にお客があるときは、「献立表」の紙を河童石にはっておくと、翌朝、新鮮な魚や野菜などが石の上にのせてあったそうです。

参考 / 吉松祐一『[新版]日本の民話48 長崎の民話』未來社、長崎県小学校教育研究会国語部『読みがたり 長崎のむかし話』日本標準

★旅×絵本「ながさき絵本の旅」特別ツアーの対象スポットです。

>>「【新大工エリア】絵本の旅「河童石 / タンタン竹女」をめぐる」の特設ページはこちら

水神神社
住所|長崎県長崎市本河内1丁目8-11
アクセス|蛍茶屋電停から徒歩8分

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