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第四章 江戸・京都の名作 花鳥風月をめでる

日本の本草学における植物写生図のルーツは、日本画のジャンルの一つで、花や鳥などの動植物をえがく花鳥画。江戸時代、江戸・京都では一大流派がひしめきあって、日本の四季を彩るボタニカル・アートが数多く生まれました。最終章では、情趣豊かな“日本植物画”の風合いにフォーカスし、花鳥風月の名作を俯瞰します。

 

沈南蘋《月季桃鶴図》(所蔵:メトロポリタン美術館)

日本花鳥画の源流 沈南蘋

長崎発! 日本花鳥画の隆盛

1731年、中国清代の宮廷絵師 沈南蘋は、中国絵画を求める徳川吉宗の招聘によって来日し、約2年間を長崎の唐人屋敷で過ごしました。今までの日本画にはない、そのカラフルでメリハリのある写実的な花鳥画の技法は、“南蘋派”と称されて全国に伝播し、伊藤若冲、円山応挙、司馬江漢などの江戸中期の画家に多大な影響を与えました。こうして江戸時代の本草学・博物学の高まりと呼応しながら、やまと絵の伝統的画題でもあった日本花鳥画はめざましく変貌し、隆盛を極めていきます。

 

伊藤若冲《月梅図》(所蔵:メトロポリタン美術館)

奇想の絵師 伊藤若冲

京都画壇の奇才

1716年、京都の裕福な商家に生まれた伊藤若冲は、10代半ばで狩野派の絵師に師事しますが、狩野派以上の絵を志向し、写実的な花鳥画を描く“南蘋派”の影響も受けながら、1,000点もの中国絵画 宋元画の模写に没頭します。じきにそれにも満足がいかなくなり、実際の物を見ながら描くために、羽毛の色彩の美しい家畜 鶏を庭に数十羽飼って、その生態を眺め尽くし描き続けること数年間。その後、その対象は草木・鳥獣・虫魚の類に及び、動植物の形態や神髄を極め尽くすという執念によって、若冲ならではの圧倒的な密度と色彩を持ったリアリティ溢れる“奇想の花鳥画”が数多く生み出されることとなります。

国宝『動植綵絵』の“月梅”

伊藤若冲の代表作として最も有名なものが、彩色の花鳥画30幅連作の国宝『動植綵絵』。一幅ごとに様々な動植物が細密極まる筆致で画面を埋め尽くす若冲畢生の大作。元々は京都 相国寺に寄進されたものでしたが、現在は宮内庁三の丸尚蔵館に所蔵されています。その連作の中には、本章に掲載している《月梅図》とほぼ同じ構図の《梅花皓月図》という一幅が含まれています。複数の頭を持つ蛇がしなるように梅の枝が絡み合い、夜光虫の群れが舞うように花弁の胡粉は絶妙な濃淡で塗られ、その奥の夜空に満月が冷たく輝く、ある種の霊性を感じられる濃密なバランスの作品となっています。

 

尾形光琳《風神雷神図屏風》(所蔵:東京国立博物館)

酒井抱一《夏秋草花図屏風》(所蔵:東京国立博物館)

酒井抱一《桜図屏風》(所蔵:メトロポリタン美術館)

酒井抱一《流水四季草花図屏風》(所蔵:東京国立博物館)

琳派の系譜|光琳と抱一

アート×デザイン 琳派

日本画の流派 琳派は、江戸時代前期、俵屋宗達たちによって、平安時代の王朝芸術 やまと絵のルネッサンスを目指して編み出されました。その後の江戸時代中期、俵屋宗達に私淑した尾形光琳は、アートとデザインを兼ね備えた琳派世界を大成させていきます。(琳派の“琳”とは、光琳に由来)琳派は、「直接教えを受けるわけではなく、密かに師として尊敬し、模範して学ぶ」という場所や時代を超えて流派を継承する“私淑”が大きな特徴で、その画法は屏風などの背景に金地や銀地のみを用いる、大胆な構成や簡略化によって斬新なビジュアルを追求するなどのオリジナリティに富んでいます。

洒脱で粋な花鳥画 江戸琳派

江戸時代後期、江戸生まれの酒井抱一は、尾形光琳に惚れこんで琳派に私淑しました。一瞬の自然美、季節の移ろいの華やかさや儚さを絶妙に取り入れた花鳥画を得意として、琳派の装飾的デザイン表現に、写実的表現を合わせた新しい琳派芸術を完成させます。その作品は、京都の“雅”に対して、俳味のある洒脱で詩情的な江戸の“粋”を感じさせるところから、“江戸琳派の創始者”と呼ばれています。代表作は、酒井抱一《夏秋草図屏風》。師 尾形光琳《風神雷神図屏風》の裏面にある作品で、風神の裏には疾風に翻弄される秋草、雷神の裏には驟雨に濡れる夏草を描いており、師弟合作で見事な照応を示しています。

 

鈴木其一《朝顔図屏風》(所蔵:メトロポリタン美術館)

江戸琳派の風雲児 鈴木其一

ダイナミックで ポップな自然美表現

江戸時代後期、鈴木其一は、江戸琳派の創始者 酒井抱一の一番弟子として活躍しました。其一の画風は、江戸琳派の華麗な画風をベースにしながら、ダイナミックな構図とポップアートのような鮮やかな色彩で自然美をリデザインし、伝統と革新を合わせた独自の様式美へと昇華させたことが画期的で、近代日本画の開拓者とも言われています。其一晩年の代表作《朝顔図屛風》の題材は、身分を問わず江戸庶民に愛された朝顔。江戸時代、朝顔は一大園芸ブームで「朝顔市」が開かれるほど流行し、本作の朝顔もその市場でスケッチされたものと言われています。

 

葛飾北斎《サツキにホトトギス》(所蔵:東京国立博物館)※以下、4枚同出典

《紫陽花に燕》

《桔梗にトンボ》

《牡丹に蝶》

浮世絵の巨匠 葛飾北斎

森羅万象尽くして描かざるはなき

葛飾北斎は、江戸時代後期の浮世絵師。北斎といえば、力強く壮大な風景画『富嶽三十六景』があまりにも有名ですが、そのほぼ同時期に同じ版元 西村屋与八から大判花鳥画を出版しています。北斎のえがく花鳥画は、博物学的にも評価できる写実的な造形美と色彩、動植物の“静”と“動”がはっきりとした端正でモダンな作風。生涯手がけた画題の広範さは「森羅万象尽くして描かざるはなき」とまで言われる北斎ですが、花鳥においても自然の中の“森羅万象”、つまり光や風や空気などの空間から時間の流れまでも観察し、表現しようと試みたと言われており、北斎花鳥画の生命力の根源を感じられます。

 

歌川広重『花鳥錦絵』《桃に山鵲・梅に鶯》(所蔵;国立国会図書館)※以下、4枚同出典

《萼紫陽花に川蝉・菖蒲に時鳥》

《牡丹に孔雀・柘榴に高麗鶯》

《雪の南天に雀・竹に雀》

風景の抒情詩人 歌川広重

日本的な余情を謳う 花鳥画

歌川広重は、江戸時代末期に巨匠 葛飾北斎と競った人気浮世絵師。日本各地の名所を描いた風景画シリーズの代表作『東海道五十三次』で有名ですが、実は膨大な数の花鳥画も描いており、花鳥版画の第一人者としても活躍していました。文学的で繊細な日本的情趣あふれる広重の作風は、花鳥画にもいかんなく発揮されていました。画面の中の花鳥の造形そのものは北斎に比べると非常に曖昧でありながらも、いずれも穏やかで奥ゆかしい一遍の詩を読むような、日本的な余情のムードを与える花鳥風月の姿を描いていたことが、当時の日本人の心をつかむ秘訣であったと言われています。

 

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参考文献一覧

・大分県歴史博物館『平成21年度特別展 おおいた発! 幕末文化維新 – 賀来家・華麗なる一族』(大分県歴史博物館・2009)

・大分県歴史博物館『開館35周年記念 平成28年度特別展 生誕200年記念 賀来飛霞 -おおいたから日本の近代を切り拓く-』大分県歴史博物館(2016)

・大分県宇佐市『宇佐学マンガシリーズ② 幕末の賀来一族 飛霞と惟熊 本草学の神様と大砲を作った大実業家』梓書院(2013)

・ナガサキベイデザインセンター『ナガサキインサイトガイド』講談社(2010)

・国立歴史民俗博物館『よみがえれ! シーボルトの日本博物館』青幻舎(2016)

・長崎歴史文化博物館ほか『ロシア科学アカデミー図書館所蔵 川原慶賀の植物図譜』アートインプレッション(2017)

・濱田信義『日本の図像 花鳥の意匠』ピエ・ブックス(2007)

・狩野博幸『目をみはる 伊藤若冲の「動植綵絵」』小学館(2000)

・佐藤康宏『もっと知りたい 伊藤若冲 生涯と作品 改訂版』東京美術(2011)

・内藤正人『もっと知りたい 歌川広重 改訂版』東京美術(2007)